秋の終わりの冬隣り 〜カボチャ大王、寝てる間に…。X

*最初のお話→最初のお話******
                 以降、続編 続編 その一続編 その二 (セナBD)続編 その三 (ラバBD)***


 秋に入ってすぐ、青い森の公爵のところへ嫁いだまもりお姉ちゃんに男の子が生まれた。甘い色の髪をしたご夫婦なのに、その子はそれは真っ黒で絹糸のような濡れ羽色の髪をしていて。面差しの優しいところや時折ぐずる声の何とも愛らしいことを、屋敷中の誰からも愛でられていた坊やだったのだけれども。祝福にとお城から訪れた弟君にこそ、むしろそっくりな和子様だったので、
『セナの名前を貰ってもいいかしら。』
 お仕えする方の責務が少しずつ増えたことで、傍づきのセナも忙しい身の上になり、そうそう滅多に逢うことも適わぬようになってしまった弟を偲びたいからと、まもりから直々に言われ、
『あんまりパッとしない名前だけれど。/////////
 どっちを呼んでいるの?という笑い話がいっぱい出来るかもしれないねと、屈託なく笑った瀬那と同じように。それはそれは優しい子になって、祝福が一杯降りそそぎますように。うら若きお母様の腕に抱かれて、淡雪のような頬をほんのりと染めていた和子は、その日から“せな”と呼ばれることとなったそうな。

 「…だが。お前とその子が同座したときはどうなるのだ?」

 そんなお話を聞いて、あんまりセナを酷使しないで、たびたび逢いに来こさせてくださいというよな意味だろか…なんていう、要らぬ深読みなどなさらぬ御主が、それはそれは素朴なことを訊かれたのへと。小さな侍従の男の子は、あっと、今頃になって気がついたようなお顔になった。
「そうですよね。そんな時はどうするのだろう。」
 まもりお姉ちゃんはいつまでもボクのことを子供扱いする人だから、どんなに大人になっても、セナのこと、小さな子供相手のように呼ぶだろうし構うだろう。だから、
「余計にこんがらがるかも知れませんねvv」
 困ったことだと言いながら、全く困ってなんかいないよな、それは朗らかなお顔で微笑ったセナくんへ。隋臣長の高見さんがくすすと柔らかく微笑って下さった。ああ、いけない。そういえばお話があるとお越しになられていたのだったと、セナが真っ赤になって殿下の傍らから離れれば、
「失礼いたします。」
 執務室の扉近くに立ち、優美な会釈をした背の高い大臣様は、小脇に挟んで持って来た、資料や決裁書などなどという羊皮紙の束を重々しい机の上へと差し出し、この秋の収穫と税収の最終報告を滔々とお始めになられる。予備審問というものだそうで、正式な報告は謁見室にて国王へと言上するが、その前に。不備がないか、ご質問はないかということを、清十郎王子の立ち会いの下で刷り合わせておくのだそうで。
「東のダイナスの町では大学校がいよいよ完成致しました。」
「うむ。そういえば、西のウォルフの村の支援はどうなっておるか。」
「は。大水で流された農地の整備は8割方整いました。あとは牧草地を囲う植林の手配なのですが…。」
 広いご領地の様々なところへ眸を配らねばならず、こんな風にして今年もまた、政治向きのお務めが少し増えた殿下であり。そして、
「…。」
「はい。」
 用意してあった巻紙の地図を広げ、元に戻らぬようにと上下を押さえる手並みも慣れたセナであり。他にも、昨年度の収穫や出納を記した帳面を差し出したり、地方の使者らがもたらした報告書の綴りを引っ張り出して来たり。ほとんど“どうしろ、あれをもて”と言われぬうちから さっさか動いてお望みの物を持ってくる少年へは、
“相変わらず大したものですね。”
 余程のこと慣れた者でも、なかなかそこまでは思いのほどを読めない、至って寡黙で表情も薄い殿下だというのにと。隋臣長様がいかにも微笑ましいというお顔をなさるほど。ひょんな縁から召し上げられ、それのみならず…少々わけ有りだった王宮の、未曾有の危機をも回避してくれた奇跡の少年。これぞ正しく神様からの賜り物ぞと、皆して彼の存在を欣幸と喜んでおり、敢えて言うなら“娘さんだったらもっと良かったのにvv”と、その点をだけ惜しんでいるところ…だそうだが。
“そういう下世話なことへの杞憂も、関係なさそうですしね。”
 どこか朴念仁なままな清十郎殿下は、恐らくは后を娶るのもずんと晩年になってからになりそうだし。そんなこんながあった後でも、セナとの互いへの思慕敬愛は揺るがなかろうと、今から既に堅く想定されており。
「…そうそう。
 セナ様、城下の街のバザールで評判の、ハッカの真珠を御存知ですか?」
「高見様、その“様づけ”は止めて下さいませと。」
 何度も何度も申し上げておりますのにと、頬を真っ赤にした少年が、はてと小首を傾げて見せる。

 「ハッカの真珠?」

 もしかしてその“ハッカ”というのは、香辛料のペパーミントのことでしょうか。ええ、まるで真珠のように真ん丸にしたあめ玉の小さい粒のを、小さな袋に詰めたもので、
「但し1粒だけ、ちょっぴり辛い飴が混じっている。それが“ハッカの真珠”で、それに当たらぬようにと、順番に1つずつ食べる遊びが子供や若い女性たちの間で流行っているそうですよ?」
「うわぁ。ボクには無理ですよう。」
 だってケーキの風味づけとか、夏の飲み物へと垂らすミントでも、辛くて辛くてたまらない。ペパーミントはもっと辛いのでしょう? 陽に温められると仄かに甘い亜麻色になる、それは軽やかな髪を揺すぶって、ぶるるっと肩をすくめた小さな侍従さんの。いかにも幼い、可愛らしい言いようへ、
「………。」
 殿下までもがくすすと微笑んでしまわれて。何とも優しい晩秋の一日は、暖かな金色の陽光の中、ゆるやかに過ぎゆきてゆきそうな気配でございます。





            ◇ 



 十月最後の日の晩は、聖人を祭る“万聖節(All Saint's day)”の宵。だからなのかどうなのか、あの世の扉が開いて亡者たちが現世へあふれ出す。故郷や亡くなった土地へと現れて、生者を羨み、中には害をなす者もいようやも。そこで人々はそんな亡者たちを町や村へと入れぬため、もっと恐ろしい魔物の扮装をする。お前なぞ食ってしまうぞと脅かして、黄泉へ帰っていただくのが“万聖節”の宵祭り、ハロウィンである。欧州では丁度、秋の収穫の最後の頃合い。この頃を境に本格的に冬支度を始めねば間に合わない。そんなことを知らしめるべくの、節季のお祭りのようなものかも知れず。大人も子供も様々な扮装をし、子供の魔物たちへは『お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ』と脅かすのへ、いかにも“それは困ります”と怯えた振りをし、言われた通り、キャンディやクッキーを差し出すのが決まり。だって小さくても魔物なんだもの、大人も怖がるほどなのだから亡者も怖がるはず…という理屈。

 「そうかそれで、あの晩のセナは夜遅くまで外を出歩いていたのか。」

 セナとの出会いの晩のことを思い出したのか。ぽんと、今頃になって合点がいったらしく手を打つ殿下へと、
“…本気で今の今 初めて気がつかれたものだろか。”
 もしかして、それこそ生まれて初めて口になさったジョークなのかもと、御者台の従者が戸惑うような物言いをなさる困った殿下を前にして、
「ええ。でも、あんまり怖い扮装ではなかったでしょう?」
 毎年のことですが、衣装を用意してくれるまもりお姉ちゃんたら、いつもいつも“可愛い”が先にくる恰好しかさせてくれなくて、と。自然に会話を続ける小さな侍従くんの声が、淀みなく続くところはおサスガな呼吸。
「殿下は、ご自分が扮装はなさらずとも、そういったお祭りを見たことは今までになかったのですか?」
 現に今 通過中の城下の街でも。様々な作物の大きさや出来の見事さを競う品評会やバザールと同時に、ちょっぴり押さえたものとはいえ、角をくっつけたカチューシャを頭につけている者や、作り物のそれはコウモリを模したものだろう翼膜の羽根を背負った者などの姿がちらほらと見受けられ。この国、この城下でも、ハロウィンの風習はあるらしいと判る。屈託のないお声で聞かれて、
「うむ。街の者らがそういった祭りをするらしいことは聞いていたが、私はあまり夜更かしが出来ぬ身だったゆえ。」
「あらら…。」
 幼いころから、武道一筋。ただただ真っ直ぐに、強くなろう正しい人になろうとだけ、一心に念じての鍛練に励んでおられた殿下だったから。明るく清々しい朝早くからの習練を優先し、晩はお勉強のご本を読むのが大儀になればすぐ、寝所に入られてのおやすみだったとか。そのお陰様…と言っていいものか、今でこそ皇位継承権を継がれた身だが、それ以前の国境を騒がした紛争にては。王家の方だというに、後方に控えての戦果を待つ身では居られず、実戦の先頭へと立っての先鋒を直々に務められ。大層な陣営同士が衝突した紛争を、あっと言う間の進軍で相手の本陣まで辿り着いての大将殿下を捕縛拘束、たった2日でものの見事に収めたというから物凄く。そして…そんな功名が、皇太子だった兄上様を焦らせる源ともなろうとは、思いも拠らなかった皆様に違いなく。

 「…。」

 時折、ふっと。清十郎様が、その精悍で凛々しい表情を物憂げなそれへとお沈めになるのは。すっかりと心をねじ曲げてしまわれたことが元で、皇太子の座を追われてしまわれた兄上様を思ってのことだろか。表向きには遠い湖畔の別邸にて静養中という事になっており、その実は…何とも不思議な経緯があってののち、魔界へ引きずり込まれてしまった兄王子様。その後の音沙汰は全くないが、ただ、昨年のハロウィンの晩、烏が鳴いて兄王子様のお部屋の窓辺に誰にも覚えがないカボチャのランタンが置かれてあった。息災だから案ずるなと書かれたカードが添えられてあって、その字は誰もが兄王子様のものだと認めたので。あのときの魔王の使いが言ってたことに従えば…魔界の水が彼には合ったということになるのだろうか。(続編参照)
「…どうした?」
「え?」
 真摯なお顔で、窓の外へ。強い意志の光をたたえた、それは真っ直ぐな眼差しを向けておいでだった殿下がふと、差し向かいに座した少年の様子に気づいて…そんなお声をかけて下さる。低められると甘く伸びやかなそれになる、案じるような、優しいやわらかなお声だったので。こちらこそ心配を差し向けていたのにと、
「ななな、何のことでしょうかっ。」
 ちょっぴり慌ててしまったセナへ。もうすっかりと大人と違
たがわぬ恰幅になられた御身の、これもまた大きくてかっちりとしたそれへと落ち着いた、何でも出来る大人の殿御の手を伸ばして来ると。小さな少年のふわふかな髪を、ぽふぽふと軽く撫でて下さって。
「…。」
「あ、いえそんな。/////////
 ボクなんかの気遣いなぞ、あまり役には立ちません。今だって、殿下が物思いに耽っておられたの、無理から我に返してしまったほどですし。小さな肩をより小さく縮めてしまう少年へ、

 「…。」
 「はや…。///////

 あれでどういう会話になっているものか。今度は何だか照れてしまわれたらしい、そんなお声を発したセナ様だと、そこだけは判った御者殿が、
「…っ!」
 はっと息を飲むと、手綱を思い切り引いての馬らの脚を止めさせた。ぼんやりとしていたとか、はたまた、馬車の中の会話に気を取られて不注意だった訳ではなくて。馬車が通るほど大きな公路、そんな道が数本交わる構えとなっている、大きな広場の入り口から。途轍もない勢いで、いきなり飛び出して来た男がいたからで。
「きゃっ!」
 そんな急停止の反動で大きく揺れたのだろう。馬車の中からもセナの悲鳴が聞こえたほど。そして、
「…いかがした。」
 護衛も兼ねて付いて来ていた高見さんが、後続の馬車から素早く降り立つと飛んで来る中。こちらも…がくんと大きく揺れて馬車が止まったその拍子、自分の懐ろへぽ〜んと飛び込んで来たセナを、軽々受け止めたらしき殿下が窓からお顔をお見せになった。御者はよほどに驚いたのか、自分の胸元を押さえていたが、
「も、申し訳ありませぬ。そこからいきなり、男が飛び出して来ましたもので。」
 広場の入り口を指していたその手が、話し途中で つつつっと右から左へ動いたのは。問題の男を追ってだろう、別の男たちが同じ方向から多数飛び出して来たのをついつい指先で追ったから。
「皆の者、いかがした。」
 そんな彼らへ高見さんがお声をかければ、中の一人がこちらが誰であるかに気づいての、ははっと慌てて畏まり、
「これはお見苦しきところをお見せしました。」
「一体何があったのだ。」
「それが…。」
 少々 罰が悪いことなのか。なかなかに金のかかったものだろう、贅を凝らした装いの、初老のその男。言葉を濁すと、伺うようにこちらを見やり。だが、隋臣長殿が鋭い視線で促すと、ふるると肩を揺すぶってから渋々語り始めたのが、

 「カボチャを盗まれたのでございますよ。」
 「カボチャを?」

 あまりに意外な言いようが返って来たのへ。不意を突かれて…隋臣長のみならず、御者や他の護衛の者らも、どこか唖然とするばかり。盗みは確かにいけないことだが、今日は農作物やそれを使った料理の、品評会やらバザールやらが華々しくも開かれているところ。殿下がわざわざこうして運んだのも、特賞を取った者へその誉れを称えてお言葉を与えるためだ。実り豊かな国の、しかもご城下。どうぞ味見をと、料理や何やがふんだんに振る舞われてもおり。旅の途中の空腹そうな人へも、そういった贈り物はきちんと行き届いていたのでは? それに、
「カボチャの一つくらい、ああまでの人数で必死に追わずとも。」
 どの作物も、作り手が精魂込めたものには違いないけれど。だからこそ、お腹が空いてる人に望まれたのなら、美味しく食べていただけばいいではないかと。そうと言いかけた黒髪長身の隋臣長のお言葉を遮って、

 「あれはただのカボチャじゃあないんです。
  ランタンにくりぬいた瞳のところに、大きな宝石を埋め込んだ特別の飾り物。」
 「…それはまた。」

 悪趣味な。そう続けたかったがそこは堪えて。成程、だから追っ手も多かったのかと、やっとのことで経緯が飲み込めた高見さんの傍ら、
「…。」
「殿下?」
 馬車から降りて来られたそのまま。ぱさり、マントを外した清十郎殿下に気がついたセナが。続いて降りて来ての、止めようとしたその手へ渡されたのが…ビロウドのそのマント。

 「飛んでゆかぬよう、押さえておれ。」
 「あ、ははは、はいっ!」

 これもまた、殿下にはお珍しいこと、冗談めかしたお言いようであり。だからこそ、真に受けたセナだったものか。条件反射も素晴らしく、両手を使ってのしっかとその懐ろへ、大きなマントを抱え込んだのを。涼しい目元を細めての、なんと愛らしいことよと、頬笑みながら見やられたのも束の間、

 「…ゆくぞ。」

 馬車につながれていた内の一頭。漆黒の毛並みが青みを帯びて、それはそれは美しい馬を、手慣れた様子で軛木から外してしまわれると。手綱以外の鞍や馬具もつけないままだのに、ひょいと軽々その背へ飛び乗られ、はいと軽く気合いをかければ、

 「うあっ。」

 その身を一瞬浮かせたのは、バネをためたから。雄々しくも美しき黒毛の駿馬を翔って、まさしく疾風のように今来た道を逆方向へ、カボチャを抱えて逃げたという男の向かったほうへと駆け出した馬と殿下であり。
「あ…っ、追えっ、追うのだっ!」
「ははっ!」
 あまりに自然な一連の流れ。しかもしかも、殿下のその所作のまた、洗練されて麗しかったせいで。すぐ傍らにいた皆さん全て、息を飲んでの見とれていただけ。選りにも選って皇太子殿下に、しかも単独でカボチャ泥棒を追わせてどうするかと。隋臣長が声を張り、護衛の侍従たちが飛び上がるようになって、だだっと馬を追っての駆けてゆく。

 「…え〜っと。」

 いきなり始まってしまった捕り物だったが。では、自分は何をしたらいいのかなと。まだ殿下の精悍な匂いの残るマントを、先日抱っこさせてもらった赤子のように懐ろに大切そうに抱えての、一人取り残されてしまったセナが小首を傾げたが。馬車のほうへと振り返ると、
「雪光さん、ボクらも追いましょう。」
「あ、ははははいっ!」
 にこり微笑ったセナが馬車に再び乗り込むのを待ってから、残った3頭の馬を器用に捌くと、こちらの馬車も捕り物の一団を追うことと相なった。





 少々出遅れたとはいえ、追う側のこちらはそれは手入れの行き届いた王室の駿馬。しかも、清十郎殿下が戦さにて騎乗されていた内の一頭という愛馬でもあったので。結構な人手の町中を、だが、誰一人 蹄へ引っかけたり突き倒したりすることもなく。まさに風のように駆け抜けてのあっと言う間に、先程の広場とは対のそれ、火避け地にもなっているやはり大きめの広場前にて、カボチャ泥棒へと追いついた殿下。途中でその頭上をヒラリ飛び越えた、商人のところの使用人だろう追っ手たちが来るのを待つのももどかしいと思われたのか、軽やかな動線にて馬から降りてしまわれる。片や、
「ひいぃいぃぃぃっっ。」
 剣だの鎧だのという威嚇的な装備もなければ、体格にしても…いかにも武道の嗜みがあってのこと、屈強そうだし上背もありはするけれど。だからといって岩のようにゴツゴツと、危険と紙一重なほどの揮発性を孕んでいての大きい訳じゃあない。どこから見たって、まだ“青年”という部類に入るのだろう、若者に過ぎないはずなのに。

  ―― きりり、鋭く冴えた眼差しの、何とも存在感があって重厚なことか。

 何だかよくは知らないが、大層なお人が追って来たらしいというのは判ったか。半ば観念してのこと、石畳の上へ尻餅をつくと、腰が抜けたかのように見苦しくも後ずさりをして見せたカボチャ泥棒、
「すすす、すいません。あんまり綺麗なカボチャだったので つい。」
 ウチは子供がぎょうさんおるが、どの子もまだ小さいので働き手にはならぬ。そんな子らの世話を見るので妻は手一杯で、自分が一人耕す畑は知れていて、毎日をどう凌ごうかと、そればかり考えて暮らすのにもホトホト疲れてた。そんなところへ眸に入ったのが、宝石を食い込ませた大カボチャ。これ1個あれば も少し楽をして暮らせるのだろなと。そうと思うと つい手が伸びていた…と。
「こここ、これはお返ししますからっ。」
 ブルブルと震える腕を伸ばし、重たそうなカボチャを差し出した男と向かい合っていると。そんな殿下の横合いから、
「あっ。あそこだっ!」
「いやがったぞ、こんちくしょうっ!」
 どっちが悪辣非道な役回りやら。語気を荒げた男どもが、ようやっとの追いついて、ばたばたと駆けつけて来る。すっくと立ったままな殿下とそれから、こちらにも市場が並んでいたその売り子や買い物客らが、遠巻きになりつつも見守る中、
「さあ、きりきり歩びやがれっ!」
「こんの罰当たり野郎っ!」
 手を伸ばして来ただけでは飽き足らず、拳を振るう奴があったのへ。

 「…。」
 「な、何だよ。お前さんは。」

 無言のまま、それでも威力のある重々しい一瞥を向けられて。ただそれだけの威嚇へ、知らず手が止まったは器量の差から。だってのに、そんなものへと腰が引けた自分が忌ま忌ましかったか、憎々しげに礼装姿の青年をじろじろと見回すと、
「そういやさっき、俺らの頭の上を馬で飛び越えてった人じゃあないのか、あんた。」
 いかにも不遜な言いようで難癖をつければ、そうだそうだと仲間たちも口々に囃し立て始め。
「もしかしてこいつの仲間じゃないのか、おい。」
 雇い主からどんな躾けをされているのかがありありと伺える、そんな口利きをしつつ、斜め下から睨めつけてくる連中へ、

 「…面白い挨拶だな。」

 これでも結構本気の威嚇なんだろに、そんなものはちっとも堪えてはいないらしき清十郎殿下。口の端をちろり深々と頬へ食い込ませての持ち上げたのは…もしかして。

 《 ありゃあ、見かけによらず図太いところもある殿下らしいな。》
 《 だって究極の箱入りだもの。怖いもの知らずなんだって。》
 《 違げぇよ。
   ああいうえげつない人種もいることを、ちゃんと知ってるって言ってんだよ。》
 《 え? そうなの?》

 深窓も深窓、王宮の中しか知らないようなお人なのに? 馬鹿、途中で筆者が言ってたろうが。あれで、国境紛争という戦さの折には前線へ立ったこともあると。他の野次馬らとはちょいと別口の“遠巻き”から、この展開を眺めていた二人連れがそんなやり取りをしていたところへ、

 「殿下っ!」

 やっとのこと追いついた隋臣長が声をかけた。警邏の関係者を束ねてもおいでなのか、高見さんのお顔は肩書つきで知っていたらしい男らが、
「…殿下?」
「え? …あっ!」
 今になってやっとのこと、自分たちが睨めつけていた相手の正体に気づいたらしい。ひえぇえぇっと恐れ入り、あたふたしつつも数歩ほど身を引く面々の中、最初に乱暴な口利きをしやった男が、打って変わっての猫なで声になり、

 「こ、これはこれは清十郎殿下ではございませぬか。」

 いくらハロウィンの最中とはいえ、そのように一般の貴族のいで立ちをなされていたのでは。気配の消しようもお見事故に、我ら凡人には到底気がつくものではありませぬ。なかなかに流暢な言い訳を並べたところを見ると、こういう内股膏薬なことは日常茶飯な、情けない奴輩でもあるのだろう。
「私共は、その男が盗んだ主人の店の飾り物を、取り返しにと追って来たまでのこと。」
 さすがは殿下、ひと睨みで萎縮させての捕まえてしまおうとはと。まだ止まらぬお追従へ、何とはなくの事情背景が見えたらしい高見さんが、苦々しい想いから唇を曲げたところへ、

 「はいっ。」

 こちらさんもまた、たかたかと結構な速足で追って来た王室の馬車が、御者の掛けた鋭い声にて立ち止まる。それへは、

 「…。」

 それまで余り表情を動かさなかった殿下の精悍なお顔が、少々…判る人は限られる範囲内で、ひくりと動いて。
「殿下。」
 ぱたり、内から開いた扉から顔を出したのは。やはりと殿下が案じたその通り、マントの番をしていなさいと、つまりは危ないからそこに居なさいと言い置いたはずのセナであり。おいおい、お前まで出向いて来てどうするか、万が一にも騒ぎになっての巻き込まれ、怪我でもしたらどうするかと。自分の出した言い付けを守らなかったことよりも、危ない真似をしてはいけませんという方向での、お叱りを向けようとしかかった清十郎殿下の元へ、とたとた駆けてった小さな侍従くん。だが、殿下よりも先にと立ち止まって向かい合ったのは、選りにも選って、皆から取り囲まれていたカボチャ泥棒の方へであり。

 「おじさん。そのカボチャはね、食べられないんだって。」
 「はい?」

 泥棒さんが何とも素っ頓狂な声を上げたのもある意味で道理。どっちが無頼だかと思われるよな、厚顔な追っ手たちの鷹揚が過ぎる物言いへ、高見さんや殿下の機嫌の転がりようによってはちょいと物騒な方向へも転がり兼ねない、とはいえ…このくらいでムッと来ての無礼であるぞと怒っては、何と狭量な方々かとのちのち侮蔑されかねなくもあるという。そんな微妙な空気を全く読んでなかろう、あまりに場違いなお言いようをしたセナくんだったからに他ならず。
「あの…。」
「とっても上手な細工ものだから間違えたのは分かるけど、これではお腹は膨れないからね。」
 うっかりさんですねと、うふふと微笑った小さな少年。そこまで天然かと周囲が唖然としかかったそこへ、

 「それに。あんな沢山の、しかも怖そうな人たちに、
  腕まくりをして追っかけて来られては、引くに引けなくなってもしょうがない。」

 だから、立ち止まれなかったのでしょう? そうと付け足しての、はいと手を出した彼が持っていたのは。セナの小さな手では両手がかりなお皿に切り分けられた、まだ暖かなキドニーパイだ。
「こっちなら食べられるでしょ? それに、若菜亭のだから美味しいよ?」
 どうぞと促し、手渡せば。その手から作り物のカボチャが転がって、市場のテントを支える支柱にぶつかる。水捌け用の溝が切られていたその蓋が、ちょうど途切れていたところだったので。そこへと転がり、ぽちゃんと………落ちた。

 「わ〜〜〜〜〜っ! かぼちゃが〜〜〜っ!」
 「探せ、拾えっ! もたもたすんなっ!」

 ごうつくばりな商人の使用人たちが慌てふためきそっちへと飛んでゆき、あんたら何すんだいと、すぐ傍らで魚屋の店を出してた恰幅のいい女将さんに、柳刃片手に睨まれていたようだが、そっちはそっち、既に別なお話で。

 「…あのね、おじさんもしかして。タンバンの黒いお豆を売りに来てない?」
 「へえ。それはウチの唯一の売りものですが。」
 「あれってすごく気難しいのでしょ? 作るのも大変だって聞いたことがあるよ?」
 「へえ。」

 本来は野生自生のを探して取ってた種類の豆。それを、彼の父上が苗を作っての“栽培”に成功したものの、やはり手間暇は大きにかかる。よほど大きな農園での栽培ででもあればともかく、小さな農家が手掛けるには採算が取れないだろう作物なのに、
「このパイの若菜亭さんが、ケーキや何やには、どうしてもウチの豆がいると仰せで。」
 無論、無理を言うのだからと、相場の何倍ものお金を出してくださるので、それでやっと続けてられる案配なのですが。それももう限界かもと、じわじわ涙ぐみ始めたおじさんへ、

 「だったらあのね? 王宮のお庭で、ボクに作り方を教えてくださいませんか?」
 「はい?」

 若菜亭のお菓子はボクも大好きで、秋の初めごろから出回る黒いタンバン豆のは、葛よせもキントンも甘煮も全部好き。
「それが食べられなくなるのはボクも困ります。」
「あ…。」
 ね? ひょこり、小首を傾げた小さな少年のお言いようへ。口元に拳を寄せた殿下がくすくすと最初に吹き出し、それから“しょうがありませんね”との溜息をついた隋臣長殿が、それでも楽しそうに苦笑する。すっかり擦り切れていた心へと、暖かなものがじわり流れ込み、おじさんが却ってぼろぼろと泣き出してしまったのへ。わっわっ、どうしましょうか。何か失礼なことを言いましたか、すみませんっと、理由も判らぬままあたふたしちゃったセナくんへ、

 《 相変わらず甘い奴ばかりだの。》

 いささか呆れたような声を放ったは。中空の高みという不自然極まりないところから、この一部始終を眺めていた存在の片割れで。何ともかんともと小馬鹿にするような物言いをなさるのへ、

 《 いいじゃないの。あの殿下の慎重さで十分相殺されようからね。》

 それに、周囲にはちゃんと用心深い人もいる。何よりセナくんの人を見る目はピカイチだからね。性根がいい人か悪い人か、きっちり見分けて接しているし。

 《 だからこそ、ヨウイチだってお近づきになれたんでしょう?》
 《 …ふん。》

 詰まらないと言いたげに、鼻先での返事をした黒づくめの美麗な存在は、

 《 それよか、持って来たんだろうな。》
 《 うん。あの側溝に流れてったのよりは上等なランタンだよ。》

 相棒が天へと向けて開いた手のひらへと取り出したのはカボチャのランタンで。

 《 …あ、まさか。さっきのカボチャが異様に転がってたのって。》
 《 さぁな♪》

 そんなこたぁどうでもいい、それよかそれを、とっとと城の窓へ置いて来な。まだ早いでしょ? もうちょっと見物して回ろうよ。にこり微笑った美丈夫の笑顔の暖かさに、

 《 ………う。///////

 しょうがねぇなと押し切られたところは、存外 人のいい魔物様。もうもう、そんなだから目が離せないったらと。こちらさんはこちらさんで、なかなか屈折したことを思いつつ。じゃあ城下を一回りして来ようよと、すっかり物見遊山の態にてお空を泳ぎ始めたお二人さんだったりし。亡者がやって来るという聖なる晩を前に、だが、少なくともこのお城下だけは、平和なまんまに過ぎゆきそうな気配でございます。





  
HAPPY HALLOWEEN!



  〜Fine〜  07.10.31.


  *ちゃんとハロウィンに更新したのは久方ぶりですねの、
   アレでございますvv
   相変わらずはお互い様で、
   蛭魔さんたちの方も仲睦まじくも一緒においでのご様子で。
   養い親様には、ホッとするような…ちょいと寂しいような、
   複雑な日々なのかもですね。 
 

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